2012年08月28日

依存

『依存』ときくとイヤ~ナ感じがします。
今回は、最近いろんな局面でこの『依存』に遭遇し、
考えることがありましたので、ちょいと厳しい話になるかもしれません。

占いやら、見えない神様やら、スピリチュアル的なことに
傾倒されている方に非常に多い『依存』。
本人はその自覚がさらさらないのかもしれないが、
はたから見ていればハッキリわかりますね。

不安感が強いとき、自分の道がわからなくなっているとき
心が弱くなっているとき
そんな時に頼りたくなるものです。
そして言われたことに、疑問も抱かず信じやすい。
言ってくれた対象に依存心を抱いていく傾向があります。
あの時当たったし、私のこと、言わなくてもわかっている感じがする、
といった具合でしょうか。

悩んでいる人の話を真剣に聞いていれば
占いでも、スピ系でなくても
問題点はわかります。
そして、見た感じからも何となくわかることはわかるものです。
特別なことでもなんでもないです。
しかし,得てして占いなどを信じ込みやすい方は
なぜか身の回りの生身の人の忠告を聞かない傾向も見えます。

占いの類はあくまでも目安。
自分が未来に向けてどうするのかは自分が決めることで
占いが決めて、それに自分が従うものではないと思います。
中心に自分がなくて雑音にも近い
そういった声を聴いていたほうが心地よいのかもしれませんが
そんなものを信じるよりも、
周りの信頼できる友人や家族、そして何よりも
自分自身を信じるべきなのではないでしょうか。


本来見えないもの、聞こえないものだからこそ
言われたことに対して特別な存在のもののように思えるかもしれませんが
それが善いものか悪いものかなんてわかりません。
一見すると善いもののように見えても悪いものもたくさんあります。

結局は自分の心が決めるべきものを、ほかの存在に
ゆだねているだけにしかすぎません。
そのほうが確かに楽でしょう。
無責任な占いの類なら、あっさり食い下がって
ちょっと言われたことと違うな、で済ませることも可能です。
自分でも、その程度のことだとわかっていても
聞かずにはいられない。負のスパイラル。


けれど、問題の答えは自分にしかわからないのです。
依存しているうちは、その問題に向かい合わずに
何の解決も実際はしていないことに気が付くべきです。


答えは自分しか見いだせない。
苦しくても、不安でも
それに向かい合った時に初めてかすかな光が見えるのではないかと。

占いなんかを信じるよりも、自分の五感を信じて
自分が善いと思ったことをしたらいい、
そんなふうなことを最近、感じました。









  


Posted by なつめや at 13:08Comments(2)