選択することは幸せを選ぶこと
日々、いろいろな選択をするわけです。
たとえば、この店のパンを買おうか、あっちにしようか。
お店に入っても何を買おう、何を飲もう・・・。
選択の連続。
自分はどういう基準でお店を選んでいるかといえば、
自分の店を大切にしている姿が商品や、店全体から
感じるお店だったり、大切に作られたなぁと感じるものを
なるべく選ぶようにしています。
そこには必ずエネルギーがある。
それがたとえば、スーパーで買うものもありますが、
AとBのスーパーを選ぶとしたら、店員さんの
表情がなんとなく柔らかかったり、やはり店の中の
明るさや、空気感を見ます。
で、その選択というもので私は目に見えないものを
選んでいるわけです。その目には見えないものだけれど
食べた時、飲んだ時、お店に入った時
『ここでよかったな』とか『食べて幸せ〜』とか感じている。
それは自分が幸せになることを選択した結果だと思うんです。
だから、何でもいい、とかどこでもいいとか
それはなんだか残念なことだなぁと思います。
そういうお店だったり商品だったり選ぶのが
自信ないとか、めんどくさい、なんていうのは
幸せになる選択を棄権しているような感じ。
そして、自分の感覚ではなく人に依存している。
依存することで自分の幸せ権を他人任せにしているようなもの。
幸せは自分が掴むもので
人に掴んでもらうものではない。
どうせなら、自分が幸せになれそうなものを選んだらいい。
なつめやもそうやって選んで来ていただいている。
来ていただいている方々や、選んでくださる方、
そして紹介してくださる方々に心から感謝です。
体の調子、心の状態が漢方薬やお話しすることで
少しずつ変化してくると、食べ物や習慣が変化してくる。
それまでの自分の状態ってやっぱり客観的に
見てくれる人がいて、アドバイスされると
『そうか』と素直に聞ける人もいるし、
なかなかあーでもない、こーでもない、
自分はダメだ、と自分を否定して
変わろうとしない方もいる。
自分を否定したって何も変わらない。
原因がわかったならそれを自分で幸せになれそうな
方向へ切り返せばいい。
変わりたいという、心からの願いなのか
単純に人に甘えているのか、で
人のアドバイスに対する選択も変わる。
この言葉は聞くけど、これは無視、みたいな。
あまりそこまでの方はいませんが、
自分が何を守りたいのか
体の声を無視して、どこまでこの人は
自分をないがしろにしながら
自分の人生をどうしたいんだろう?と
思う方もいます。
自分の体の声を無視したツケは
必ず自分に降りかかる(キリっ)
自分の体に感謝し、声に耳を傾けていく人は
素晴らしい笑顔になる。
これだけは私は確実に言える。
自分が幸せになるためには自分の感覚を磨いて
より幸せそうになれそうなエネルギーを
もったものを選んでいく☆
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